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そこで藤枝の父で最上家の家臣だった丸橋曲流の保護を受け、曲流の死亡後、元服して丸橋忠弥盛澄と名乗る。
【幕府の転覆を狙う】やがて元・最上家の浪人で江戸で北条流軍学と日置(へき)流弓術を修めて道場を開いて成功した柴田三郎兵衛という者から招きを受けたので、江戸に行き得意の宝蔵院流の道場をお茶の水に開いた。
最上家を出て江戸に移ったと書いていますが、一度前田家の家臣になって浪人してその後に江戸に移って道場を開いたとの説もあります。 盛澄の処刑の時に時世の句を残そうとしましたが『雲水の行方は』と口にしたところで槍を刺されて処刑されてしまったと私が持っている資料ではなっています。しかしネットで調べると彼の読んだ時世の句が全部残っているみたいです。 兄の四万太郎は生き残り幕府に仕えて加藤一郎右衛門と名乗り、慶安の乱の時に盛澄の兄ということで投獄されたという説もあります。 と、こんな風にいろんな説があって彼のことはよく分かっていないんですよ〜〜^^;;; また盛澄が捕らえられる時のことですが、彼が槍の名人だったのはよく知られていたため、奉行所の役人達は長屋の前で「火事だ〜」と騒いで、驚いて槍も持たずに飛び出してきたところを捕らえたそうです。 以上、盛親と同じく悲惨な最期を遂げた丸橋忠弥さんでした。 参考文献:日本奇談逸話伝説大事典、ほか UPDATE 2005年2月2日Copyright (C) 2005 Tikugogawa. |
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