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大坂の陣では江戸の留守を命じられ参加していない。大人になった忠郷は城内に東照宮を造ったり、将軍を迎える時に黄金の茶道具を用意するなど出費を重ねた。だがその頃の東北地方は飢餓が襲い藩の経済を圧迫し領民などの生活は非常に苦しいものとなっていく。
忠郷は嫡子がなく養子を立てる時間もなかったので改易となったが、弟の忠知が出羽上山4万石の領主となっていたので彼が伊予松山20万石に移封され蒲生家を継いだ。 管理人・・・忠郷は飢餓の時にはもち・さけ・とうふなどの売買と製造を禁止して、その決まりを破った犯人を知らせた者にはその犯人の財産を与え、当の犯人は死刑にしたそうです。そんな密告社会の造ったことといい、出費を重ねたことといい、いい話が伝わってないです。私が知らないだけかもしれませんが。 UPDATE 2004年1月12日Copyright (C) 2004 Tikugogawa. |
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