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頼資は頼勝が1607年に亡くなってしまったため僅か3歳で家督を継ぐ。その後に石見守に任ぜられた。1653年1月8日死亡。岐阜県可児市兼山の専養寺に葬られた。
管理人・・・頼資が亡くなった後、長男の新十郎と次男の市十郎が家督を争いましたが、頼資の行ないが良くなかったという理由で二人とも跡を継ぐことを許されませんでした。しかし祖父の頼勝の功で次男の市十郎(頼重)に1千石が与えられています。 参考文献:三百藩藩主人名事典・寛政重修諸家譜・戦国人名事典 コンパクト版、ほか UPDATE 2004年7月2日Copyright (C) 2004 Tikugogawa. |
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