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1615年3月に政長が1万石を加増されるとそれに合わせて忠興も1万石を与えられた。夏の陣では酒井家次の傘下で功を上げさらに1万石を加増される。 【開発】1622年に内藤家が移封されると陸奥泉2万石の大名となった。1634年に政長が死亡すると遺領の岩城平7万石を継ぎ、泉2万石は弟に譲る。それから忠興は新田開発や検地に力を注ぎ、また商人や農民への締め付けを強化した。1670年に隠居し1674年10月13日に死亡する。法名・高岳院殿円誉月心長山大居士。鎌倉市の光明寺に葬られた。 管理人・・・忠興は新田開発に熱心で石高を2万石も増やしています。 UPDATE 2004年2月14日Copyright (C) 2004 Tikugogawa. |
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