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1614年11月16日、徳川軍の九鬼守隆・向井忠勝・千賀信親・小浜光隆ら徳川水軍が約150艘で伝法口を攻撃した。この攻撃をまったく予想していなかった豊臣水軍は不意を突かれあっけなく敗退してしまう。伝法口を占拠した徳川軍は諸国からの入船を検問し、豊臣家に与しようとする者を海上から規制した 。
25日に向井忠勝は野田口で、26日には九鬼守隆が福島口で豊臣水軍と戦い、数艘を沈めたり捕虜にしている。勢いに乗った徳川水軍1600は28日の夜、五分一に攻撃を開始した。これに対して豊臣軍は大野治胤率いる水軍が迎え撃ったが、数艘を捕縛されてしまい、治胤は逃げ帰ってしまう。これを見た砦の兵達は恐れをなし天満方面に逃亡し、この方面の戦いは終わった。
管理人・・・なんかこう盛り上がりに欠ける戦いですね。とにかく豊臣水軍が一方的に負けているだけですから仕方がないですが。一時は朝鮮半島にまで進出する戦力があった豊臣水軍ですが、大坂の陣当時は僅か20艘程度の一大名並みの戦力しかありませんでした。これは豊臣水軍が全国の水軍の寄せ集めだったからでしょう。以上、豊臣水軍負けまくりの野田・福島の戦いでした。 UPDATE 2002年2月8日Copyright (C) 2002 Tikugogawa. |
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