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どっちにつくのか?
そこで広島城内で評定が始まった。福島丹波は鬼丹波と言われるほどの男で豊臣家に味方をして義に殉じることを主張した。 「主君が大坂に味方すれば豊臣軍の士気は上がることでしょう。そうすれば関東に味方している者も必ず心変わりをして大坂に集まるはずです。理由は正勝公が正則公に代わって義を持って太閤の恩に報いると言えば、それを見て勇まない者はいません。豊臣軍が勝利したなら当家は永く繁栄するでしょう。もし負けても世間の者が武名をそしることはありません。関東に味方することが正則公の本意とは思えません。強きに従い弱いのを捨てるのでは世間に誹謗中傷されて口惜しい。石見はどう思う?」
石見は反論。だが、丹波はなおも食い下がった。 「正則公を見殺しにするということは私の考えで発言している。しかし見殺しにされてもいいというのが正則公の本心だろう。不利な豊臣軍に味方して功を立てることこそが武将の誉れだ」 結局、その日は結論が出ず、皆が退出した。その後、丹波は石見を説得したがうまくいかず、結局は正勝が石見と同じ意見だったので徳川家についている。(『古老噺』) UPDATE 2005年7月11日 Copyright (C) 2005 Tikugogawa. |
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