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生き残った六紋銭
それを京都所司代・板倉重宗が調べることになった。その頃すでに大坂城の落人を赦免することになっていたため、本来なら放っておいても構わないのだが、相手が相手だけにそうもいかなかった。そこで幸昌らしき60歳前後の人物を呼び寄せて、重宗自ら訊問した。 「その方が真田幸村の子・幸昌であるという訴えがあったが、はたして幸昌か否か、正直に申せ」 「思いもよらぬことです。しかし幸昌だという者があれば、それでも結構です。別に惜しい命ではありません」 こうした言い方は別人ではしないだろうと判断した重宗は、その老人を京の栗田口において処刑し晒し首にした。その札には『この者は真田左衛門佐の旧住所に来て、とやかく申していた罪科により、このように処刑したのである』と書かれていた。(『落穂雑談一言集』) Copyright (C) 2003 Tikugogawa. |
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