≫
人物一覧≫
【人物の紹介】→
次の武将
|
【浅野家の勇将】尾張葉栗郡の出身。父は溝口半左衛門といい柴田勝家の家臣だった。高綱は最初、溝口半之丞と名乗り柴田家に仕えていたが、そこを追放され亀田権兵衛と名前を変えて浅野長政に仕える。その後、小田原征伐・朝鮮出兵・関ヶ原の戦いに従軍し功があり、浅野家が紀伊に移封されると7300石を与えられた。
【出奔】1624年に浅野長晟の命令で上田重安の息子と高綱の娘を結婚させることになったが、高綱がこれを拒否し和泉堺に勝手に隠遁した。 管理人・・・樫井の戦いでの武功争いで重安と仲が悪くなったと言われています。彼は紀伊に隠遁した際に『亀田大隈武功覚書』という本を書いてます。 参考文献:三百藩家臣人名事典・和歌山県史・戦国人名事典 コンパクト版・大坂の役 UPDATE 2003年2月11日Copyright (C) 2003 Tikugogawa. |
≫
人物一覧≫
【人物の紹介】→
次の武将
|