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その後、池田長吉の家臣を経て加藤清正の家臣となり、朝鮮出兵に従軍し、捕虜となった王子兄弟を預かった。帰朝後、恩賞の沙汰がないのに腹を立て、妻だった清正の姪を離縁して加藤家を去り、大坂に行く。
大坂両陣に旗奉行として従軍し、この際、徳川家康の目に止まる。帰陣後、またも浪人し江戸に住居を構えていたが、武勇を知られていた広隆はすぐに諸大名から声がかかった。前田家からは3千石の高禄で誘われたが、体調を理由に断る。1623年に徳川頼宣の家臣となり千石を与えられて旗奉行となり、1641年10月21日死亡した。享年91歳。 管理人・・・家康の目に止まったのが縁で紀州徳川家に仕えたのでしょう。 UPDATE 2002年8月1日Copyright (C) 2002 Tikugogawa. |
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