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【盛親のために】元親は1599年に亡くなる際に一孝を先手とするように遺言している。関ヶ原の戦いで長宗我部家が改易された時、一領具足(長宗我部家の下級武士)が浦戸一揆を起こすと、徳川家に捕われの主君・盛親の命が危ないと一揆を解散させようと画策する。一揆の総大将に選ばれた一孝だったが、土壇場で裏切り、一揆勢が混乱しているところを鎮圧し、山内家に城を明け渡している。
夏の陣では八尾の戦いで皮肉にも盛親と遭遇。かつての同僚達に目の仇にされたのと、自殺に近い突撃をしたため戦死している。 一孝は日頃「二腰の帯剣を二腰とも使用するほどの働きをして死にたいものだ」と言っていたが、その言葉通りに八尾の戦いでは長宗我部家の家臣・近藤長兵衛と槍を合わせ、胸を突かれても刀でその柄を切り、脇差を投げつけたという。だが、結局は長兵衛に首を取られている。
司馬遼太郎の『戦雲の夢』では、一本気な土佐人として描かれています。八尾での出会いは涙を誘います。時間があったら一度読んでみてくださいませ。 参考文献:藤堂高虎家臣辞典・大坂の役・大日本史料(第十二編15〜20)・長宗我部元親のすべて、ほか UPDATE 2001年8月30日Copyright (C) 2001 Tikugogawa. |
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