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【土木で活躍】子供の頃から土木関係に詳しく二条城・大坂城修築で活躍し、1625年に讃岐が旱魃(かんばつ)になった際、幕府の重臣・土井利勝からの依頼で讃岐の生駒家の領地に派遣され、空海が造ったと言われる満濃池を復活させた。その他にも用水地100ヶ所近くを修築や新設し讃岐の農業に大いに貢献する。1628年に津に戻って1千石に加増された。だが戻ってすぐにまたも利勝の要望で今度は生駒家の家臣となったが、1639年に生駒家が改易になったため藤堂家に戻る。
之友は仕事に非常に熱心で煎り豆を歩きながら食べて食事の時間を削るなどしてましたが、それが災いして同僚から反発されることがあったそうです。また文化人としても活躍し俳句・能筆家としても有名でした。以上、現在は水の神様として祭られている西島之友でした。 参考文献:藤堂高虎家臣辞典・三百藩家臣人名事典・戦国人名事典 コンパクト版 UPDATE 2002年9月27日Copyright (C) 2002 Tikugogawa. |
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