≫
人物一覧≫
【人物の紹介】→
次の武将
|
1614年10月9日、父・幸村と共に豊臣家の招きに応じて九度山を脱出し大坂城へ入城する。冬の陣では父と真田丸に篭り、敵が浮き足立ったところで出撃し、徳川軍に打撃を与えるという初陣ながら立派な活躍をしている(真田丸の攻防)。
【奮戦】1615年5月6日、真田隊の一員として大和路方面に出撃。ここで伊達政宗軍の片倉重長隊と激突し敵と組み合い高股に負傷したものの首を取った(道明寺の戦い)。 【秀頼と共に】その頃、台所の人間の一人・佐々孫介の裏切りによって城から火が上がる。本丸は危険だと幸昌は秀頼一行と共に山里曲輪に非難した。ここで幸昌は速水守久に脱出を勧められるがそれを拒否し、毛利勝永・大野治長らと共に自害する。享年14歳。 UPDATE 2001年3月25日Copyright (C) 2001 Tikugogawa. |
≫
人物一覧≫
【人物の紹介】→
次の武将
|